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Low Kick - 2nd -

たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

噂話と幸せの関係は?

噂話はよいのか悪いのか

Podcastでご一緒している安田佳生さんにお勧めされた本。

サピエンス全史

ホモ・サピエンスがどのように進化してきたかを事細かく語っている本、らしい。

上下巻あるの知らなくて、書店で迷って上だけ購入。読み終わって次も読みたかったら下巻を買おう。

冒頭を読んだのだけど、人と人とをつなぎ合わせているのは「噂話」だという。これで、150人くらいまでは共同体として成り立つのだそうだ。

噂話はよくないものとされているけど、意味があるのだ。

噂話と自殺率の関係

武田鉄矢の今朝の三枚おろしというPodcastがある。

武田鉄矢・今朝の三枚おろし

そこで紹介されていた本。

その島のひとたちは、ひとの話をきかない

その本は、自殺率がとても低い地域を取材した人が書いたものらしい。

自殺率が低い地域の人たちは、噂話ばかりしていて、さらに愚痴ばかり言っているという。

そんな島が、自殺が少ない。

本を読んでいないので詳しくはわからないけれど、これは、興味深い。

幸せを測る方法

これはTwitterで見たんだけど、今「幸せ」の研究は盛んに行われているものの、その測り方は「自己申告」でしかないのだとか。

今までに私は幸せの研究と言われるポジティブ心理学の本などをいろいろ読んできたけれど、確かにそれらは「どれくらい幸せか」を自分で答えるものだった。

読んだときは『「幸せ」なんて測りようがなくて、自分が幸せって思っていることこそが幸せだろう』って納得していた。でも、それがエビデンスとなるのか、と一度疑問に思ってみると、確かに疑う余地があるような。

愚痴ばっかり言っている人は、それはそれで幸せなんでしょ、と端からは思うけど、その人たちに「幸せですか?」と問えばきっと辛めの点数を付けるだろう。毎日不満をたれているのだから。

だけど、毎日いろんなことに感謝して、苦しみを誰にも言わないでいる人が、心の病にかかることもある。つまりそれはあまり幸せではない。

 

てなことをいろいろとつなげて考えて面白いなと思ったのでした。

ホームページを変えたんだけどね

ちょっと、変えたんですよね。ホームページのトップを。

emitochio.net

 

ページ内で使っているアイコンを変えたんだけど、前がこれ。

f:id:emi_tochio:20170303163030j:plain

すごくどこにでもありがちな感じが、つまらないなと思っていて、手書きをスキャンして作ってみたのが、これ。

f:id:emi_tochio:20170303163108j:plain

自分ではもうよくわからなくて、ダサいのかっ! これはっ、ショボいのかっ! ってなって、ポッドキャストを一緒にやっているデザイナーのツージーに相談。

「作ろうか?」と言ってもらったのですが(優しいっっ!!)、他もまだまだ自分で作りたいところがあるからと、お断りして、アドバイスのみいただく。

「格子がないほうがいいんじゃないか」

「各アイコンの色を変えるとかすればいいんじゃないか」

と教えてもらう。

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ああっ! なんか、よくなった! かも!

「修正する方向がわかる」って、すごいスキルだ~! ていうか、それがプロなんだなって思った。

 

日本人は「答え」を知りたがる

自分の考え(価値観ではなく、意見)を大きく変えることになる本や経験ってある。そのひとつが、この本。

哲学する子どもたち: バカロレアの国フランスの教育事情

哲学する子どもたち: バカロレアの国フランスの教育事情

 

フランスには「哲学する」授業があるという。「哲学」ではない。

根拠を示し、考える道筋を示し、結論を出す。結論が事実と違っていたとしても、考えた道筋が正しいかどうか、に点数が付くという。(ものすごいうろ覚え)

日本の義務教育にそんな授業は、ない。少なくとも私は受けていない。

 

私は、「ファッション」に思いを巡らせた。

フランス人は洋服の数が少ないという本は売れているようだし、私がファッション誌を買っていた頃も、フランス人のワードローブが紹介されると、そこには流行に左右されない「哲学」があったように思う。

かたや日本人は「あれが流行る」と言われると、すぐに飛びつく。それをまとっていれば、おしゃれさんの仲間入りというわけ。

それはやはり、答えが合っているのが素晴らしいという教育にあるのかな、と思い至った。

 

考える道筋(自分のスタイル=哲学)より、「答え」が大事だから、深く考えずに流行もの(つまりそのときの「答え」)をまとう。

 

ファッション以外にも、言えるような気がする。ネットで話題のことでも何でも。

こむぞう文学部、やってます

こむぞう」というポッドキャストがあります。

comzo.cocolog-nifty.com

毎日更新しているすごい番組(もう4000回を越えている)。

MCはホフディランの小宮山さんと、元ビートクルセイダーズUMUさんと、慶三さん。

慶三さんは数年前に小説の文学賞で大賞を取り、その作品を出版している。で、「また小説を出版したい」と、小説を書いたり読んだりする『こむぞう文学部』を作り、部員を番組内で募集(当時は慶三さんともうひとりの2名のみでスタート)。

私は長編を書いたことはないものの、「一緒に書く人がいたらモチベーションが上がるし、長編を書くってどういうことなのか、わかってくるかも」と思い参加することに。

今は読み専の方含め7名ほどで、私がホームページ(Ameba owndだけど)の制作を担当。

こむぞう文学部】

https://comzobungaku.amebaownd.com/

こむぞう文学部 メンバーサイト】

https://comzobungaku.amebaownd.com/pages/808449/menber

トップ画像は慶三さんが作ってくれた。

 

部員の交流はGoogleの「Space」というサービス上でやっていて、

「この文学賞にみんなで応募してみよう」とか、下書きをあらかじめ読んでもらうとかしていて、すごく刺激になるし、モチベーションが上がる。

私は自分で「小説を書いている」みたいな人と友だちになったことがないので、すごく新しい感覚で、自分が書いたものに対して指摘してもらうのもありがたい。(指摘されると、ああ本当に、そこはできていないなって思う)

 

何にしても、誰かに読んでもらうのって、とても贅沢。

で、引き続き部員募集中です!

【お問い合わせフォーム】

https://comzobungaku.amebaownd.com/pages/825986/page_201701311544

物語の力っていろいろあるけど

子どもと電車に乗ると、工夫がいる。

彼らは、飽きっぽいのだ。

「クイズしようよ」と言われても、持ちクイズなんてそんなにない。

「しりとりしようよ」とは、もう言わなくなった(飽きたのか)。

 

今日は、長男とふたり。ちょうどバレンタインの広告が電車にたくさん貼られていたので、バレンタインがらみで思い出したことを話す。

私がnoteに書いている短編小説集があって、

note.mu

「最近ね、バレンタインの話を書いたんだよ」と。

すこし謎解き風にしたので、ストーリーの説明が難しかったんだけど「へえ、ウケる」とか気のない感想。本当に意味が分かったのだろうか。

「他には?」と聞くので、次々と、軽く説明した。

「あなたもお話考えてよ」と言うと「ゲームに入っちゃうのどう?」とか、いろいろ出てくる。

「ママが小さい頃、本の中に入っちゃう話が好きだったなあ」と、ネバーエンディングストーリーの話をする。「それで? どうなるの?」と次々聞いてくる。こんなに話に食いついてくることって、あまりない。

私には、書きかけて完成していない児童向けの長編があり、その話をしてみた「小人が出てくるんだけどさ」と設定とストーリーを話しはじめる。

あっという間に目的の駅に着き「えっ! もう着いたの? 早すぎっ!」と驚く長男。

 

駅を下りて歩く。大好きなポケモンGOをしながらも、話し続ける。ポケモンGOをしながら別の話をする長男を見るの初めて。

「主人公がこうなって、そのあとどうしようかなーと思って」

「こうすれば?」

「でも、それはできない設定だから」

「そっかー。うーん。じゃあこうするのはどう?」

「あー、いいね。それいいね! それは考えつかなかったなあ」

「ほんと? 考えつかなかった? 俺すごい?」

なんだかめちゃくちゃ楽しそう。

 

作り物なのに、物語の力って、何なんだろうなって思う。それからどうなるの? っていう楽しさ。どうしたら面白いかなあ、って自分で考える楽しさ。

「物語の存在意義」みたいなことをよく考えるんだけど、そんなことの前に、小さな人をこんなにも夢中にしてしまう、魔力のようなものがあるんだろうね。

 

1回やってみれば気が済む

人のなりふりを見て、なんかモヤモヤすること、あります。

「それ、やりたかったのに!」

「なんであなたばっかり!?」

「全然上手じゃないくせに!」

「てか、よくできるよね? 恥ずかしくないの?」

みたいな。いやですね。(本当は、こんな言葉使いませんよ?)

どうでもいいなら、スルーすればいいのに、何だかモヤモヤするのは、自分に問題があるのでしょう。 

高校生のタバコ

私が若かりし頃、タバコってちょっとかっこいいものだった。早く大人になれるものだった。でも、自分は吸いたくないと思っていた。

大学生の頃、バイト先の女子高生で、年齢は4つも5つも下で、顔も体もめちゃくちゃ幼い子が、タバコを吸い始めた。

私も大学生で、まだ大人だかなんだかわからない年齢。なんだかすごく、モヤッ、モヤモヤッ、として。

気にしなければいいのに、なんだか気になって、そのとき付き合っていた人に話した。彼はタバコを吸う人だったので、軽めのタバコを買ってきてもらって、ちょっと吸ってみた。

ただ煙いだけのシロモノで、それを吸ったからって、大人になれないことがカラダでわかった。

そのひとつの体験で、モヤモヤはすぐに消えてしまった。

私、でかした! って思ったね。

1回やってみれば、気が済むことって、あるよね。

「自分の手柄だ」と思う男、自分を過小評価する女

ポッドキャストの収録後

今日、こちらのポッドキャストを配信しました。

「#042 ひとはなぜSNSに投稿するの?」

http://emitochio.net/hantaigo_042/

最後の方にツージーが、「SNSの投稿に反応してもらえると嬉しいよー。中毒性あるよね」と言ったときに私がぽかーん、としてしまってツージーに申し訳なく。

「もっと喜べばいいのに」って言われたんだけど、べつにあまのじゃくでそうしているわけでもなくて。

収録語に少し話したんだけど、こういうことかな? と思うところがあったので。

木に登る人、登らない人

以前こちらの記事を読みました。

note.mu

引用するとこちら。

やっぱり僕は誰かに評価されたら、結構「木に登っちゃう」んです。

で、妻は「木に登らない」んです。どうも自分を過小評価しているんです。

これね。傾向として、男女の違いだと思うわけです。

たとえば、仕事で周りにいる男性を見ていると、これまでやってきたすごいことを「自分の手柄だ」って割と思っている。「自分だけ」ではないことは分かってても、「うん、やっぱり、俺すごい!」って喜ぶわけですね。

私はどうかというと、記事がランキング1位になったとして、それはすごく嬉しいのですが、それを自分の手柄として手放しに喜べないところがある。

「そりゃ、話題の商品を取り上げたからね」とか、「タイミングよくあの企画を思い付いたから」とか、思ってしまう。「たまたまですよ、たまたま」みたいな。謙遜じゃなくて本気で思っているわけです。(でもビジネスや交渉ごとで自分をプレゼンするときには、自分の手柄のように言うよう心がけますが)

で、割と周りの女性も同じようなことを思っているみたい。

詐欺師症候群って何だ?

そんなことを思うようになったのは、こちらの記事から。

www.cinematoday.jp

彼女ほどひどくなくても、女性で詐欺師症候群の傾向がある人は多い、という。

仕事ができないほどにはならないし、過度な期待をかけられているわけではないけれど、私が知っている男性のように「自分の力だ」とは思えない。

 

もう少し冷静に、客観的に、自分の力みたいなものを見極めたいものです。