Low Kick - 2nd -

たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

人前で泣いたほうがいい

私を「人見知りなんだね」と言ったその人は、私の話を聞いてくれると言った。
「人見知りなんだね」と言われただけで泣いてしまった私を見て、私が何かから救われたいのだと思ってくれたのだろうか。


「何に困ってるの?」
なんの見返りもないのに、私の話を聞いてくれるのはなぜなのか。そんな人の話をすべて聞いていたら、時間がいくらあっても足りないではないか。
「僕と関わりのある人で、何とかしたいと思ってる人がいたら、何とかしてあげたい。それで『助けてほしい』なんて実際に言ってくる人はそんなにいるもんじゃないんだよ。だから大丈夫」
そう、私は少しの勇気を出して「聞いてほしい」と言ったのだった。逃げてばかりではダメだ。もうここで一歩踏み出すしかないと思った。私はそれほど切実に助けを求めていた。その人とは、ほぼ話したこともないのに。


何から話したらよいのか。ひとまず、心に刺さった棘を少し話す。
「かわいそうに」とか「大変だったね」とか慰めの言葉を言うでもなく、いろいろと話したあとに、
「それよりも、君自体が問題」
と言った。今のこの状態をなんとかしないと、棘を抜いても解決しない、と言う。


まず私は、傷つきやすくて恥ずかしがりやで怖がりの自分Aをひたすらに隠そうとしている。だから冷静で落ち着いた自分Bを作って盾にしてきた。
その自分Bは冷静沈着で、自分を俯瞰できていると思ってきたけれど、ただ弱い自分Aのアンチテーゼでしかなくて、Aに振り回されている存在でしかない。つまり俯瞰できていない。だから、どちらも俯瞰できるCの存在がいた方がいい。いつも弱い自分Aを出すのはかなりリスキーだけど、それを解放してあげることも必要で、CによってAとBをスイッチできるようにしなくてはならない。

 

「今までずっとAの存在を誰にも知られずにいた。勇気を出して話しても『そんなことない』と言われたり、スルーされる」

「ほとんどの人はね、鈍感だから。でも、わかる人もいるよ。匂いでわからない?」

「わからない……」

「わかる人はわかってるはず。だけど、助ける義理もないから放っといてるだけなんだよ」


Aを解放するためには、恥ずかしいとか言わない。傷ついて泣くのは恥ずかしいけれど、どんどん人前で泣けばいい。泣かないとまた盾であるBを使わなくちゃいけない。そしたらずっと苦しい。
「泣いたら馬鹿にされたり、引かれたり、スルーされたりする。そしたら傷ついてしまう」
「傷ついたら俺に言えばいい。『そいつは鈍感で馬鹿な奴だ』って言ってあげるから」


他にももう少し言われたんだけど、また次回に。

 

「人見知りなんだね」と言われること

誰かから「人見知りなんだね」と言われることはまずない。

過去、もっと人見知りだった時も言われなかった。なぜなら、私の場合はただむっつりしているように見えるから。

愛想がない、笑顔がない。

それを「人見知り」と解釈する人はそんなにいないと思う。人見知りっていうのは、たいてい少しうつむいて、恥ずかしそうに、もじもじしているものなのだ(たぶん)。

 

先日、「人見知りなんだね」と言われた。

この驚きを、どのように表せばいいのだろう。

 

「君には見えてないの? そんなに血が出てるのに?」

「痛いはずだけど、気づいてないの?」

「手当てしてくれる人いないの?」

 

これは比喩だけど、そんなふうに言われた。

とても痛かったことに気がついた。

その夜は驚くほどたくさん泣いてしまって、次の日まぶたがひどく腫れた。

 

※これでは「人見知り」ってことが傷みたいに読めるけどそういうことではなくて、それをきっかけに私の別の痛みをわかってくれたという話。

誕生日を目前に、1年間を振り返る

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この歳にして、なんと濃い1年間だったのだろう。

明日でまたひとつ歳をとる。

 

会員制のコミュニティ(コルクラボ)に入る

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去年の誕生日の約1か月後(2017年7月)、会員制のコミュニティ(コルクラボ)に入った。当時は全部で100名弱かな。これまでに見えなかったたくさんの景色が見えた。嘘みたい。

 

一気に友だちが増えた

コミュニティの掲示板でたくさん投稿したり、イベントで話したり、一緒に活動していくうちに、素敵な人とどんどん友だちになった。コルクラボのいいところは、誰に話しかけてもみんな「いい人」ってこと。「この人大丈夫かな?」って疑う必要がない。

友だちが増えると、SNSのつながりが増える。それまでTwitterにはあまり知り合いがいなかったから、景色がすごく変わった。

SNSでのつながりが増えると、アウトプットに対してフィードバックがもらえる。「いいね」をはじめとして、「わかる~」とか。「こういうの向いてるよね」とか「こういういいところあるよね」とかとか。「こうしたほうがいよ」というアドバイスももらえる。

「私はこれまで、どれだけひとりで発信していたのだ!」と痛感した。「仲間がいる中で発信している人は、こんなに素敵な世界を見ていたのか!!」って。とはいえ、フィードバックがない中でコツコツ発信してきたことは得難い体験になっているけれど。

※自分が表現するものを、誰かが前向きに読んでくれるとわかっているってことは、とてもありがたいことで、当たり前のことじゃない。こんな環境はめったにない。コルクラボってそういうところ。だからコルクラボの人は恐れずどんどん発信するといいと思う。

 

人が好きだと気が付いた

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とにかく人が好きなのだと気が付いた。人を観察するのも好きだし、長所短所を見つけるのも好き(短所も愛らしい)。人と話したり、コミュニケーションしたり、そういうことがとにかく好き。

それから、好きなことを夢中でしている人を見るのが大好き。「人の評価? ナニソレ?」って感じで、とにかく楽しいから毎日やっちゃう! みたいな人。そういう人の「好き」の背中をむやみに押したいし、すごく応援したい。それは、自分もそうなりたいからだと思う。

友人に何度か「そのアイコンじゃ、『人が好き』そうには見えないよ!」と促されたのもあり、SNSのアイコンを思いっきり笑顔なものに変更した。その写真も、コルクラボの活動がきっかけで撮ってもらったもの。

 

ポッドキャストが3つ、Voicyが1つ

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私の大切な発信方法のひとつが音声コンテンツ。ポッドキャスト番組は3つになり、そのひとつが近頃話題のVoicyにも発展した。

安田佳生のゲリラマーケティング

yasudayoshio.com


・クリエイティブの反対語

emitochio.net


・コルクラボの温度

corklab.seesaa.net


・コルクラボの温度 by Voicy

voicy.jp

聴いてくださっている方からたくさんのものをいただいている。
イラストを描いてくださったリスナーさんがいて驚き!(もうわりとお友だち)

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そのことを書いた感動エントリー。

emitochio.hatenablog.com

 

たくさんの感想もいただいている。TwitterFacebookをフォローしてくれたりも。いつもありがとうございます。

 

「寂しい」「孤独」の正体が少しわかり、ずいぶん和らいだ

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「寂しい」について、いろいろとわかったことがあった。その時のエントリー。

emitochio.hatenablog.com

 

つながりがないと、寂しい。与えれば、つながることができる。今もずっと考えている。与え続けることができたら、幸せだなと思う。いつでも誰かとつながることができたら、孤独はいなくなるかもしれない。

ただ、「本当に苦しいその時」につながりをもとめることはまだ下手で、それがちょっと自分の課題でもある。でも少しずつ、できるようになってきたかな。

自己肯定感も、ずいぶん私の課題ではあった。でもそれも「低いなー」と思うことがずいぶん減った。めちゃめちゃ少なくなった。それもコミュニティの影響は大きい。仕事でも、ずいぶん好きなことができるようになってきた。

 

「わかりあう」というキーワードをゲット

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私は「わかりあいたい」のだと、あるときはたと気が付いた。その時のブログ。

emitochio.hatenablog.com

 

その時のポッドキャスト

emitochio.net

あれもこれも、わかりあいたかったのだ。私は誰かとわかりあうことで、誰かと深くつながっていたかったのだと。今も同じ。今もわかりあいたい。わかりあえた瞬間は、孤独ではなくなる「感じ」がする。

 

会社を辞めて、独立。「インタビュー小説(ストーリーブック)」の仕事が増えそう

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12年ほど所属していた会社を退職した。

ありがたいことに、ここ1~2年は自分で得ている仕事が増え、会社から降りてくる仕事はほぼなくなっていた。自分の稼ぎに合わせて報酬が上下する歩合制だったので、フリーランスにとても近い。自分のホームページを作っていることもあり、周囲でもフリーランスだと思っている人が多かった。

辞めたことで大きく景色が変化したという実感はまだない。どちらかというと、私にとってはもう会社から見える景色に違和感があったんだと思う。ただ、これからいろいろやっていけたらいいなと思っている。

インタビューがやっぱり大好き

やはりインタビューの仕事が好き。特に、自分の芯がある人、自分の哲学がある人に話を聞くと毎回新しい発見があるし、大きな喜びがある。

ノウハウを伝える記事もいいんだけど、それよりは、その人の哲学や美学みたいなものに触れられるインタビューが好き。

原稿を書くとき、もう一度その喜びがよみがえる。私の中から言葉が湧き上がる。そのときの快感もまた、たまらない。話を聞くだけでは、一方通行になる。でもそれを私の言葉で紡ぐことで、その人と融合できるような錯覚が起こる。

インタビュー小説(ストーリーブック)が増えてきた

会社の創業ストーリーなどをインタビューして、小説仕立ての冊子にするというサービスを作った。ポッドキャスト番組をお手伝いさせてもらっている安田佳生さんに何度もアドバイスをもらいながら、一緒に考えてもらった。そして、数件の案件を安田さんがクライアントさん向けに提案してくれた。私も初めての仕事だから試行錯誤しながらも納品すると、大変ご満足いただいた。

その後、満足してくださったクライアントさんが、他の企業さんにも売ってくれることになった(うそみたい)。今年もうすでに数件の受注をいただいている。おそらくいろいろな要因があるのだけど、ポッドキャストを通じて私に親近感を持ってくださっていることが大きいような気がする。

安田さんやその会社さんには、どんなふうにお礼をしていけばいいのだろうか。

 

写真を撮ってもらった

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誕生日の少し前に、写真を撮ってもらった。カメラの前で笑えない人だったなんて、誰が信じる? という写真ばかり。自分がこんな顔をして笑っていたなんて知らなかった。少し前の友だちが見たら、すごくびっくりすると思う。人って変わらないようで、変われる部分もたくさんある。

撮ってくれたのは、お仕事先で知り合って、その後オンライン上でお互いの作品(私は言葉、彼は写真)に惹かれて話すようになり、仲良くなったひと。素敵すぎる写真をありがとう。

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Photo by Kei Sato(※アイコン以外)

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keisatodesign.com

 

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バイバイ! 42歳のわたし。