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Low Kick - 2nd -

たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

具体的と抽象的

「抽象化」という概念がありますね。
たとえば「抽象」については、こんな本に詳しく出てたり。



苫米地英人さんの本にもイヤと言うほど出てきます。

簡単に言うと、具体的でないこと。例えば・・・

より具体的 | より抽象的
あんパン  | パン
パン     | 食べ物

もっと別の言い方をすると、前に「たくさんのレンズから見る」というエントリーでも書いたんだけど、


この図で言うと、真ん中の「?」が抽象的なことで、外側にある「□」が具体的なことになるわけです。
で、ここまでが前置き。

私は、小説を読んでも、ストーリーや人の名前をどんどん忘れてしまう。ただし、その本を読んだことによって何かが心の中に残っている。
ここで言うと、ストーリーや人の名前とは、具体的なもの。で、たぶん心の中に残っているのは抽象的なこと。
抽象的なことは、誰かに伝えるときに、わざわざ言語化しなくてはいけない。言語として頭に残っているわけではないからね。

先日、森博嗣さんのエッセイか何かを読んでいると、「本に何と書いてあったか分からないけれど、・・・みたいなことが書かれていた」と言う人がいたとのこと。その人は無意識のうちに、書いていることを抽象化しているのだという。幸か不幸か、書かれていた文面をすっかり忘れてしまったことで、自動的に抽象化されたのだと。

なるほどそう考えると、私は具体的なことを覚えていないことで、抽象化しているのかもしれないなと思った。
卵が先かニワトリが先か。
具体的なことより抽象的なことに興味があるから、具体的なことを覚えていないのか。
具体的なことを覚えておく能力が低いから、抽象化して覚えておくしかないのか。
どっちなんでしょうね。両方なのかもね。

夫に話してみると、「最初はやっぱり興味のあることだから覚えるんじゃないか(つまり、具体的なことに興味がないから覚えていないのではないか)」という意見。
「それじゃあ、英語が苦手なの当たり前よね」と言うと「いや、英語も抽象的なこと、本質的なことを捉えることでできるようになるはずだ」と言う。
ただ、そこはやっぱり辛く苦しい具体的なことにまみれてみて、やっとそこまでたどり着けると思うんですよね。たどり着いてみたいわ・・・泣。

そこで思い出したのが猪子寿之さんのこと。
正月早々「ニッポンのジレンマ」に出ていたので見たのだけど、彼はいつも本質を突いている、と思う。ただ、言葉にするのが苦手で、ちょっと苦しそうだった。
彼は、日本語が苦手、なんだと思う(周知の事実だけど)。言語という具体的なものが苦手だから、ものごとを抽象的に捉えることに長けていて、だから本質に近づくのが誰よりも早いんじゃないか。
とか思ったり。

好きなフレーズとかをとにかくきっちり覚えて、即座に出てくるってタイプの人いますよね。
男の人に多い気がする。そういうのがステータスになり得るからかな。説得力が増すしね。
よほど具体的なことが好きなんだろうな、と思う。私と反対のタイプなのかな?
だからといって、頭に浮かんでくるあの人とかあの人は、抽象化していないとも思えない。両方できる頭の良い人なんでしょうか。