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Low Kick - 2nd -

たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

嫌いな人は誰が決める

嫌いな人は自分で決めたほうがいいんじゃないかな、って話。

相手から嫌われたら嫌うのか

以前ママ友ともめたことがあった。相手の方からおそらく嫌われてしまい、スーパーなどで会っても無視される。
その人をこちらも嫌いになってそういう態度をすればいいんだけど、その人に私が振り回されるのも面白くなくて「嫌いな人くらい自分で決めたい」って思ったことがあった。
そんなことされたからって嫌いになるような小さい人間じゃないんです、的な虚勢の張り方ですかね。しかも誰に言うでもなく自己満足的な。
「嫌いな人くらい自分で決めたい」って、けっこう私の中で「いい言葉なのでは」って思ってる。

だからけっこう、好きな人に嫌われちゃって、それでも好きだなあってこともある。
良くあるのは、面白い人だから何でも言っていいと思って失言しちゃったり、思ったことを遠慮せずに言って面倒くさがられたりというパターン。
「なんで私のこと嫌いなの?」って聞いたわけじゃないから、本当のところはわからないけどね。
人の気持ちにとても鈍感だよなあーって反省する。
でも、その人が私を嫌いになっただけで、嫌いに値するような嫌な人になったわけじゃない。

みんなが嫌うから嫌うのか

あるグループで「この人、こういうことがあっていやだなあ」と多くの人が感じるってことはある。つまり、みんなあの人のこといやだよね、って思っている状態。
会社とかだと顕著かな。仕事で人に迷惑かける傾向の人で、それが能力というよりは性格に起因するところが大きかったりすると、そうなりがち。
だけど、その人の向こうにも人がいるはずなんだよね。
つまり、この場では「みんなが嫌ってあたりまえ」な雰囲気だとしても、その人にも友達はいるはずで(特に女子はいるでしょ)、こちらから見えない向こう側では、魅力的な性格を見せているのかもしれない。
知恵袋とかを見ていると、ほんとにほんとに嫌な奴っているみたいだけど、幸いにも私はそこまでひどい人には会ったことがない。だから、「この人、これじゃー嫌われるよ」って思っても「でもどこかを好きだって思ってくれる友達はいるんだよなー」と考えて、友達と仲良くしている様子を想像する。
そうするとなんか、その人の一面だけを見て嫌いになるのもなあって。

昨日子どもに読んだ絵本でもそうだった。
宮西達也さんの本で、意地悪なティラノザウルスが、自分をいい人だと誤解して仲良くなった恐竜に対しては、いい人になってしまうというハナシ。
人は環境次第でいい人になっちゃうってことは、あると思う。

嫌いになったらみんなで嫌うのか

昔、みんなから好かれている人を苦手になっちゃったことがある。
人の話を聞かずにすぐ自分の話をしだすとか、そんな理由。
でも、グループが同じだったから、誰にも言わないでいいか、と思ってた。
私はその子とあまり話さないけど、他の子を味方にしようとするのは間違ってるなと。
まあ、周りの人たちにはバレてたんだけどね。

信頼してる人が嫌ってたら嫌うのか

すごく仲が良くて価値観の近い人が「Aさんってやなやつ」と言ったときに、Aさんを嫌いになっていいのか。
Aさんはいやなやつだ、と決めてかかっていいのか。
迷惑を被ったりしないためにも、警戒心は持つ。だけどそれだけで決めたくないなって思う。
自分で話して、すごく話が合ったらそれはそれでいいし。ただ、あらかじめ聞いていた面もあるから気を付けようかなって思うようにしてる。

なんでこんなことを考えるのか

子どもの頃は、友達に対してひどいことをたくさんしたなって思う。
相手の言葉とか、ことが終わったあとにすごく心がざわついて、今思い出してももやもやするくらいには自分の気持ちが淀んだんだと思う。
そういうのが心に残ってて、こんな面倒くさいことを考えているのかもしれない。
私はもともと人の気持ちを汲んであげられたり、優しいタイプの人ではないから、経験をもとにちゃんと考えたほうがいいのだ。