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Low Kick - 2nd -

たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

「ニッポンのジレンマ」きっかけで偏見や思い込みについて考える

ニッポンのジレンマはほんと面白いよ。
社会学者の古市憲寿さんが、MCやっててそれもなんかゆるくて上手で面白くていい。
先日は「ダイバーシティ」がテーマだった。
多様性、って訳すだけじゃ理解できないんだって。
多様性というと「バラエティ」という英語もあるけど、それと何が違うか。
バラエティは、いろんな人がいる。ただそれだけのこと。
ダイバーシティは、いろんな人が、不自由なく人間らしく生きられて、公平であること。みたいな。
(うろ覚えなので違ってるかもー)

子どもの頃から「世の中にはいろんな人がいる」と知ると、偏見が少なくて済むし、寛容的になれる。
自分の当たり前が、当たり前じゃないんだってわかる。

福岡伸一さんは『子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの?』という本で、『勉強をすると「思い込み」から自由になれる』と書いていた。
知識がないと、自分の少ない情報からものごとを推測しなくてはならず、思い込みがどんどん形成されていくってことじゃないかと理解している。
思い込みとは、ニアリーイコール「偏見」だ。
思い込みや偏見から逃れるってことは、自分という人間を作っていくうえですごく大切なことなんだと思う。

私は小学校と中学校で1回ずつ、計2回転校した。
転校したことがいやだとか、ネガティブにとらえたことはあまりなくて、楽しかったしよかったんじゃないかなと思っているんだけど、これは私の偏見を取り除くのに一役かっているのではないかと。
果たして人よりどれくらい寛容なのかわからないけれど。
転校すると、とりあえずいろんな言葉があるってわかる。服装も違う(田舎はジャージ)。男女の意識の違いもある。こんなに違うんだなあーって思ったことを、いまでもいろいろと覚えてる。そこで、どっちがいいとか悪いとかじゃなくて、転校した先に自然と合わせて行った。そうせざるを得ないし。

少し前から障害のある人に興味があって、知りたくて、自分の中の偏見をなくしたいと思っていた。
その流れで、インクルーシブ教育という言葉を知った。いまは障害のある子どもは特別支援学校などに行き、障害のない子どもと一緒に授業を受けないけど、それよりもみんな一緒に教育を受けたほうがいいんだよ! という。
ちゃんとやれば、コスト的にも一緒のほうがいいんだって。

障害のある子どもにとって、いいことはたくさんあるのだろうけど、障害のない子どもにメリットがないものか、とずっと思っていた。
自分の子どもには、小さな頃から障害のある子どもとも普通に遊んだりしてほしいなって思ってる。障害のある人のことや、LGBTのことも機会があればちゃんと説明してきた。ただ、なぜそうなってほしいのか、理由がうまく言語化できない。
だけど、ニッポンのジレンマを見て、その大きな理由、メリットは、偏見や思い込みから脱することができて、ダイバーシティの考えが自然と身に着くってことなんじゃないかと思うに至った。

福岡伸一さんが「なぜ勉強するか」の回答にまでした「思い込みから自由になる」ってこと。
自由になったあとに何をするかはその人次第だけど、思い込みや偏見に囚われているうちは、大きく羽ばたけないのだ。

と、いうことがわわわわーと繋がったんですね。