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Low Kick - 2nd -

たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

能力を褒められて育ったような気がする

『「学力」の経済学』を買いまして、読み途中。



こういうの欲しかったよね。私ね、子育てって統計が大事だと思っている。

子育てを始めてみて、自分の(大人の)感覚がいかにアテにならないか思い知ったし、
なんて長期戦なんだと途方に暮れたし、
子どもによってこんなにも違うのかと驚いた。
そして、多くの人(私も含む)がすごく適当な感覚で「子育て論」を語ることも。

だから、統計がものを言う。
いくら子育てウン十年のおばあちゃん先生が「絵本の読み聞かせをすると子どもにいい」と言っても、何を持っていいとしているのか。根拠に乏しい場合も多々ある。
竹刀を持って独裁政治的授業をしている先生が「厳しくやるほうがいい子に育つ」と言っているのと、根拠としては何ら変わりない。

それよりも、「絵本の読み聞かせをした子どもは、そうでない子どもよりも生涯年収が高い」と言われた方がはっきりわかる。
ただそれだけでは相関関係だけかもしれなくて、そこに、因果関係があるのかどうか探っていくというアプローチ。
もちろん「生涯年収が高い」ことがゴールではないけれど、ひとつの指針として、子どもの年収が高い方が苦労は少ないだろう、と思うのは親心。


そして本題。
上記の本には、「能力を褒めると努力しなくなる」みたいなことが書かれていた。それよりも、頑張りを褒めた方がいいんだって。
ネットの記事でも読んだことある。できたことを褒められると、すぐにできる問題ばかりを選ぶようになり、「努力してできるようになろう」というマインドにならないとか。納得。

自分に置き換えてみる。
私は子どもの頃、折に触れて能力を褒められていたような気がする。
初めてやることは、大抵他の子より上手にできる。勉強も運動も芸術系も。
「初めてなのに(あるいは○年生なのに)こんなにできるなんて」と大人が目を丸くして、よく褒められた覚えがある。
「こんなに努力してできるようになってすごいね」なんてことは基本言われない。努力する前にできちゃってるんだから。

で、思った。
あれ、今となってはけっこう努力したり頑張る人なんですけど? 統計だから、やっぱり例外があるのかな?

とそこまで思って、中高とあまり努力していなかったことに気がついた。小学校も。
(頑張っていたのはバレーボールくらい)
小学校では宿題も含め忘れ物トップ(忘れ物したらシールを貼ってグラフにしてた)。
中学校では好きじゃない授業寝てた。高校でも同じ。
家で勉強したのは、テスト前と受験の時くらい。一度夜勉強しようと思い立って寝不足で頭痛になりやめた・・・みたいな学生生活。
まあ、学生時代はもっと大事なことがあったんだと思う。友だちとか恋愛とかバレーボールとか本とか漫画とか。

ということで冒頭の本の信憑性が増したんだけど、ただ、どこから私は努力をする人間になったのだろう。子育てっていうのは学生時代だけでなく、社会に出てからどう生きていくかというのも視野に入れているよね。
それはちょっとすぐにはわかりませんが。