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Low Kick - 2nd -

たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

名前をもらうと霧が晴れていく

thinking

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もやっとしていることがあった。

 

「もや」その1:自らの広報活動について

私はある程度の期間匿名でネットにいろいろ書いていたけれど、あるときから実名でやるようになった。なんでだろうか。それは、自己顕示欲とかではおそらくない。

さらに、実名でやるようになった後もしばらく、ブログを自分でシェアしなかった。だけど、それも考えが代わって、自ら告知するようになった

まず周りの人に見てもらうのが大切だとか、誰かに見てもらってこそ仕事ややりたいことにつながるだろうとか、作ったものと「広報として自分」を切り離して考えようとか、いろいろ。でも、なんだかうまく説明できない。

わかっている人に話すと「大事だよね~」って、つながる。多くは語らなくても全貌が見える。だけど、そうじゃない人にはうまく説明できない。

 

だけど先日、キンコン西野さんがこんなことを書いていた。

lineblog.me

書店で見た「Discover Japan」にも書かれていて、「クリエイティブの育児放棄ってあった。作るだけで、届けようとしない。「育児放棄」って言葉がものすごく秀逸で、すごく「ダメなこと」感が出てる。生むだけじゃ、親失格だよね、って。

それですごく、腑に落ちた。自分が救われた気がした。自分が作ったものを「ねえ、見て見て!」って発信することは、なんだか恥ずかしいことのように思ってしまいがち。だけど、それは立派なことであり、むしろやらない人は恥ずべき! みたいなね。

 

「もや」その2:広報活動の方向性について

私は自分をいろんな人に知ってもらって、あわよくばちょっとでも好きになってもらいたいと思っている。

そのためにいろいろ発信をしているのだけど、どうも広がらない。「ブログ好きです」「○○のファンです」的なメールをくださったり、メッセージをくれる方は(本当に少しだけど)ときどきいらして、大変にありがたい。

でもなんか足りなくて、もっと何を頑張ればいいのかよくわからない。

「やっぱり、強いメディアで書かなくちゃダメなのかな」

「書いてるものが面白くないのかな」

なんていろいろと思うんだけど、結局よくわからない。

で、また西野さんのこれ。

lineblog.me

ただ単に知られている人は「認知」のある人、ファンが多いのは「人気」のある人だという。

私は今後、「認知」を広げる努力をしなくてはいけないのかなと。

(だけどどうすればいいのか、まだわかりません。)

 

名前(言葉)によって、もやもやしていたものが、はっきりした。

相変わらずモヤモヤしている部分もあるけど、それをある程度ちゃんと、説明できるのかもしれないと。