Low Kick - 2nd -

たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

自分をわかってほしい、という欲求

「自分をわかってほしい」なんていう欲求は、とても自己満だし、自己中で自分勝手で、恥ずかしいもののような気がする。

 

だけどふと油断してるときに、自分をわかってくれて、さらにそこがよいと言ってくれて、抱えていた苦しみを言葉にしてくれる、なんて人が現れると、自分の自己中っぷりをまざまざと認識することになりながらも、とてつもなく嬉しい。

 

自分をわかってもらえると、どうして嬉しいのか。

人は自分の大事にしているものを誰かと分かち合いたい生き物なんだろうか。

 

私はまあ、10年も20年も大事にしたままなかなか評価されない部分があって、どうしたらいいのかもわからずにぐるぐるぐるぐるしていて、この10年は近しい人に何度も否定されたりもして、苦しいことすら忘れてしまうくらいだった。

 

それ以外に評価されてお金をいただける部分があるので、そこを自分の長所だと思ってきた。そこでしか世間に評価されないし、お金に変えられるのもそこだけだと思ってきた。

 

だけとそうじゃない、その2つにギャップがあるからいいんだって。お金に変えられないと思っていた部分がむしろ強みなんだとそんな風に言ってくれる人がいるなんて。

 

それが本当なのか、それを本当にできるのか、私次第なんでしょう。