恥ずかしいことって、いろいろある。何かにチャレンジするのはそのひとつ。
恥ずかしいことは、大人になるほどできないだろうか。
私はそうとも思わない。だって、10代、20代の頃の自意識ってハンパじゃなかった。よくも悪くも今は、自意識がそれほど尖っていないし爆発してもいないし、自分をある程度客観的に見られるようになった。
「イタイ」は恥ずかしい?
私はずっと恥ずかしかった。例えば、何歳かも覚えていない頃にノートに書いたお話。小学生の頃にこっそり書いていたポエム的なもの。アニメっぽいイラスト。大学生の頃に書いていた日記、社会人になってから作ったホームページやそれに載せた散文。
うまくいかなかったら恥ずかしい?
SEを辞めようと思って「書く仕事がしたい」と人に言うのは恥ずかしかった。20代も終わり頃。
それを聞いて「小説家か・・・」と言葉を失った上司、「エッセイみたいなやつでしょ?」と言う先輩、「書いたことあんの?」と言ったスイス人(ハワイで一緒にホームステイしていた人)。
低評価だと恥ずかしい?
ポッドキャストを配信して、人気が出ないと恥ずかしい? ブログのPVが少ないと恥ずかしい? あとは、小説的なものを書いて、誰にも読まれなくて、誰からも評価をもらえなかったら恥ずかしい?
自尊心が強いと思われると恥ずかしい?
自撮りをアップしたり、自分の記事をシェアしたりすると、自尊心が強いと思われて恥ずかしい? あとは自分のホームページで自分の紹介をするのも恥ずかしい?
恥ずかしいことはたくさんある。恥ずかしいってことは、私が人のことをそう見てるってことだ(たぶん)。
「あの人イタイ」
「あの人のあれうまくいっていないな」
「あれ、全然よくない」
「あの人、目立ちたいんだな」
でも、恥ずかしがっていたらどこへも行けないと、少しずつ学んでいる。
ツイッターにも書いたけど、私は人よりいろいろなことに気付くのが遅いみたいだ。
今さらだけどいろいろなことに気がついたから、自分の「恥ずかしい」と戦っていく。