Low Kick - 2nd -

たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

「話を聞いてもらう人生」はもう手に入らないと思っていた

以前、ある集まりで年配の女性が「夫と毎日1時間も2時間も話すが、だいたい私ばかり話している」とおっしゃっていた。

 

「なんて幸せなんだろう」

 

1時間も2時間も話を聞いてもらっているということに、私は「ものすごく」うらやましく思った。

その時は前の夫と結婚していたので、「私には手に入れられなかった人生だ」と思っていた。

 

「話を聞いてもらう人生」を諦めた

今の夫と再婚した後、「話を聞いてもらう人生」は私にはもう訪れないんだ、と2回目の諦めが訪れた。それは、彼との間で、私が聞き役に回ることが多かったから。こういう役割は、一度決まってしまうと基本的に変わることはない。

 

メンタルが安定しない日々

再婚した後、なんだかメンタルがよくない日々が続く。実感としては「寂しい」。

ただ、自分の予想が正しいとは限らない。仕事や子育て、他の人間関係がストレスになっているのかもしれない。

 

だが、いくら考えてみても「夫とのコミュニケーション」と「私のメンタル」に相関がありすぎる。週末には時間が取れるので元気になり、平日の真ん中あたりで気分が落ち込む。

 

それだけなら仕事が原因かもしれないが、夫と話す時間が取れなかった後にもメンタルが落ちる実感があった。

 

何か対策を打たなければならない。

 

いろいろなことを試すが、よくならない

夫は忙しいので、忙しいなりにできることをいろいろと考えた。

 

例えば、リモート会議が詰まりすぎなことに疎外感を感じているのか、と思ったため、スケジュールをある程度共有してもらう。いつなら話しかけてよくて、いつはダメなのか。それをはっきりさせてもらいたかった。最初は少し良くなったが、それでもまだ寂しい。

 

リモート会議中にもコミュニケーションが取れるよう、日常の最低限の手話を覚えたりした。「今話せる?」「ご飯食べる?」など。でもこれもあまり効果がなさそうだし、だんだん使わなくなってしまった。

 

ご飯を一緒に食べるようにお願いした。最初はある程度気を付けてくれたが、だんだんと一緒に食べれなくなったり、食べてもすぐに席を立つ。

 

毎日「よかったこと」を寝る前にシェアするようにした。何かで「ずっと仲のいい夫婦は、お互いのお祝いを大事にしている」と読んだから。相手が嬉しいことを一緒に喜ぶことは、そのひとつだと思ったのだ。でも、夫の時間を奪ってしまうのが申し訳なくて、自分のターンでは手短に話してしまう。

 

どうでもいいことを話したら元気になった

いつもは「元気がない」と自覚して、何か楽しいことをして過ごし、いつの間にかちょっと元気になり「ああ、少し脱した」というパターンが多かった。

 

「今日は元気がない」というある日のこと。何も考えず、前の日にやったバレーボールのこと、メンバーの会話、関係性などをダラダラと夫に喋った。そうしたら自分でも実感できるほど、みるみると元気になっていったのだ。

 

私はとても驚いて、その後にも何度か実験してみた。やはり、自分のことや自分の身の回りのことを話すと、元気になっていく。「スマホ脳」によると、それは学術的にも証明されているようだった。人は、自分のことを話すことが快楽なのだ。

 

わかっていたつもりだったけど、自分のことばかり話す人をみっともないと思っていた。「話を聞いてほしい」というのはわがままだと思っていた。でも、自分がそれをしないと苦しいのであれば、みっともなくていいじゃない、と思うことにした。

 

毎日話す時間を設けるようになった

事情を夫に話して、たくさん話を聞いてもらうようにした。

 

「よかったこと」をシェアする時間に、ひとつだけじゃなく、いくつも話す。よかったことだけじゃなく、もやもやしていることも話す。ただただ気になったことも話す。

 

すべての日にゆっくり話せるわけではないが、「話したいときに話しても聞いてもらえる」という実感が、私を健康にしていった。

 

「話を聞いてもらう人生」になったかもしれない

考えてみたら、少し遠回りしたけど「話を聞いてもらう人生」になっているようだった。そのことに気づいてとても驚いた。

 

毎日話しているので、非常に繊細なニュアンスも伝わるようになる。他の人には誤解されてしまったことも「わかるよ」とちゃんと伝わる。これは、依存しすぎかもしれないけれど……。

 

強い「寂しさ」を抱えているのは私の弱点だと思っていたが、それがセンサーとなって、「話を聞いてもらうことが必要だ」と気づかせてくれた。

 

自分の弱い部分は、全体が弱る前に、先に知らせてくれるセンサーなんだろう。