Low Kick - 2nd -

たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

今年の振り返りとなぜかリンク集

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今年はどんな1年だったか。振り返ろうかなと。

 

頼れるようになった

辛い時に誰かを頼れるようになったのは、もう私の人生を変える出来事だよね。

人前で泣いてもいいんだと知り、泣けるようになり、感情をある程度出せるようになった。それまでは、感情とは隠すものだと思っていた。

30代くらいから「嬉しい」「楽しい」は出せるようになっていたけど、ここへきて「悲しい」を出せるようになった。

私はとても涙腺が緩いようで、悲しいことを話そうとすると昔から泣いてしまう。人前で泣きたくないから、悲しいことを話さないようにしてきた。ある程度自分の心の処理ができて、泣かないで話せるようになってから話すのだ。

だから、「こんなショックなことがあって」という出来事があっても、すぐに話すことができなかった。悩み事も人に話さず処理することが多かった。

だけど今は、人に話せるようになったと思う。まだ言えない感情はあると思うけど(妬み嫉みとか?)、悲しいこと辛いことを、まさにその時誰かに話せるなら、いろんなことで人に頼れるようになる。最高すぎる。

 

「今年を漢字一字で表すなら」ということをテーマに、頼れるようになったことを踏まえて話したラジオトーク

radiotalk.jp

 

「クリエイティブの反対語」リニューアル

三谷さんと1年ほど話していたクリエイティブの反対語だけど、リニューアルしてゲストの方に来てもらうことにした。5本くらいずつ。

いろんな人をゲストに呼べてまた楽しい。思考を深めるというこれまでの趣旨とはずいぶん変わってしまうけど、新しいチャレンジという感じ。これからもいろんな人をゲストに読んだり、同じ人に来てもらったりしていきたい。

今のところ最新の配信↓

emitochio.net

 

Twitterフォロワー数1000越え

Twitterのフォロワーが1000を超えて、それからはどうも普通の人が新規にフォローしてくれるようになった。どこから来たのかわからない人。

ちょっと世界が変わる。ツイートを投稿しても、ブログを書いたり何かをシェアしても、いろんな人が見てくれるんだなあと感じるようになった。いいねやリツイートが増える。いざとなったらツイッターが私を助けてくれるのではないかというほのかな期待。

これっス↓

twitter.com

 

子どもが不登校

子どもが不登校になってしまった。

いろいろ葛藤があって、気持ち的に乗り越えるまで大変だったけど、私としては一番大事なものさえ間違えなければ大丈夫かなと思えた。家庭学習でもなんとかなりそうというのが心の支えになっていることは否めない。

その経緯をブログに書いた。

note.mu

Twitterのフォロワー数が増えたことにもあり、ツイートもブログも私にしてはすごくバズった。たくさんの人が見てくれて、コメントをくれて、新規にフォローもしてくれた。いろんな人が応援してくれた。ありがたい。

 

フリーランスになった

12年くらいいた編集プロダクションを辞めてフリーランスになった。仕事の仕方はほぼ変わらなくて今までどおり。

それまでも自分のつてで仕事を受けていたし、ギャラを決めたり交渉したりしてきたけど、一応「受けていいですか」と会社に許可を取っていたから、それがなくなってシンプルになった。

あとは請求書を自分で出すくらい。

フリーランスになったことを「すごいね!」って言ってくれる人がいるんだけど、私にとっては特に何も変わらない。

 

ただ、所属から外れるというのは不安があるもので、それを後押ししてくれたのは「コルクラボ」の存在が大きい。コルクラボはコルクという会社が主催しているオンラインコミュニティで、そのおかげで私はたくさんのことを学んだりもらったりした。そのうちの大きなものは、所属感なのかな。コルクラボがあるから、やっと会社を辞められると思った。

フリーランスになる前からの個人HP↓

emitochio.net

 

ストーリーブック(ミンワブック)のお仕事が増えた

会社の創業ストーリーなどを小説風に執筆して冊子にする仕事。その原稿を何本か担当した。インタビュー時にも、いろいろなストーリーがあって面白いし、原稿にするのもたくさんの発見があった。

同じことを書くにしても、「今主人公が体験している」「過去を思い出している」「ナレーションのように説明している」などいろいろなパターンがある。数あるエピソードのうち、どれをどのように配置していくか。考えるのは難しいけど楽しい。

また、設定やせりふ、シチュエーションを考えるのも同じ。すべて難しいけど刺激的で楽しい。

こちらで公開中↓

ミンワの新作(木曜更新) | ミンワのワ

 

声のお仕事をいただいた

ストーリーブックで取材させていただいた方がポッドキャストを始めるというので、声のお仕事をいただいた。嬉しい!

毎回楽しく収録させていただいている。嘘みたいにおしゃべりが達者な方!

こちらで聞けます↓

 

コラムのお仕事をいただいた

コラムのお仕事をいただいた。これは嬉しい。

エッセーやコラムは憧れであり夢だ。

過去に、クロワッサンの読モとしてコラムを書いていたことがあった。とても楽しかったけど、メディアのリニューアルで終わってしまったのだった、悲しい。

でも全然知らない方からコラムのお仕事をいただいて、いわば「好きなように書いてください」みたいなスタイルで最高だった嬉しい。

大好きなTwitterのことをこれでもかと書いた。

詳しい経緯はこちら↓

 

emitochio.hatenablog.com

 

そういう意図はなかったのだけど、リンク集になってしまった。

来年はどんな年になるかな~楽しみ。

「書きたい理由」はうつろいゆくのか

どうやってそんなにアウトプットしているのかと言われる。

何のために書いているのかはあまり聞かれない。(明確なのか?)

私は好きだから書いている。私の癒しであり楽しみである。

子どもの頃から文章を書いてきたけど、「書く」「読む」「伝える」「届ける」みたいな心持ちが少しずつ変わってきたのかもしれないと思う。

 

少女期:秘密の出来事を残しておきたい

絵本とか、短い物語なんかは小さなころから書いていた気がするけれど、ちゃんと日記を書き始めたのは小学校5年生くらいからだと思う。同級生の男子を好きになり、その人のことをつらつらと書いていた。好きだけど、この思いがどこへ行くのかわからなかった。小学生で付き合うとか聞いたことないし、両想いかなって思うこともあるけどだからどうしたというのだ。的な。

ずっとそのことを考えていて、思いが溢れすぎてどこかへ出さないといられなかったんだと思う。ずっと考えていることに浸りたいから、書く。たぶんそんな感じ。でも記憶って変わるからどうなのかわからないけれど。

それは中学生まで続く。中1の時に先輩のことをつづった日記は結構続いていたと思う。普段、話ができない先輩なので、小さなひとつひとつの出来事がとても大事になる。

学生期:自分を癒し、世界に浸る

高校生くらいになると、いろいろと、小説や漫画を読み始めたりする。高校が女子校だったのもあり、好きな人の話よりは、ちょっとした心の機微みたいなものをポエムにしたりすることが増える。雑誌も好きだったので、写真を切り抜いてそれっぽいことを描いたりとか。確か。

日常とは違う世界に浸れるのが自分の机の上であり小説やノートの中だった。ひとりの時間に、ひとりの世界に浸る。そんなために書いたり読んだりしていたと思う。

大学生になると、また「ときめき」の日記が増える。彼氏と一緒の時間が増えると一人の時間が減り日記が減る。寂しさを埋めるために書くみたいなこともあったのかもしれない。

 

独身前期:手紙やホームページで誰かに伝えたい

時を経て社会人。私は群馬から東京へ移り住む。日記は同じく書いていたりした。ただ、手紙も大量に書いた時期があった。大学の時に一番仲の良かった友だちが北海道に住んでおり、その子に週に何通も手紙を書いていた時期がある。相手も返信をくれていた。あれは何だったのだろう。

パソコンを手に入れて最初にしたのはホームページを作ったこと。デザインを考えて、昭和的テレビのチャンネルを回すみたいなインタフェースを作った。周囲の人にははずかしいけれど、インターネットの中の誰かに読んでほしかったトイカメラLOMOで撮影した写真や、毎日のお弁当、感じたことの散文みたいなものをアップしていた。ときどき「とても響いたよ」というメールを友人がくれたりもした。

 

独身後期:ブログで感情を残すために書く

ブログサービスが始まった。そこでも細々と書いた。少しずつ、誰かよりも自分に書くようになった。例えば、田中さんを「Tカさん」と、自分だけにしかわからない暗号のようにして書く。本当は実名を書きたいけどそうもいかないから、でも書かないと忘れてしまうかもしれないから、自分にわかるように書こうと。

あとから自分で読むというより、その時の感情が消えないうちにどこかへ残しておくことが目的だった。

 

アラサー期:ブログで自分が読むために書く

結婚したころとかかな。どこか淡々と記録だけを書いていたけれど、ちょっと自分が思ったことを書くようにしてみた。それにはとても勇気がいったように思う。こんなこと書いていいのだろうか。恥ずかしい、というような気持ち。

あとから読むとそれがとても面白かった。ただ単に出来事を書くより、考えを書いた方が読みがいがある。私は、自分が読むために書くようになった。未来の自分が面白く感じるために。それは長らく続く。感情よりも、思考を書くことも増えた。自分の価値観が変わったり、新しい考え方を手に入れたり、もやっとしたものをつかみたいと思った時などに、書いてそのことを露わにすることが多かった。

寂しくて仕方がない時にも書く。嫌なことがあったときは、その人が特定できてしまうから書かない。どうしてもの場合は、自分だけの日記に書く。

 

アラフォー期:誰かに届けるために書く

最近になり。Twitterの「今日の140文字」のほうがより顕著だけれど、誰かに届けたいと思って書くようになった。それは、その思いを伝えたいというよりも、その人とつながるため。つながるために、思いが必要なのだ。

あなたの手と私の手、握手するととても気持ちがいいね。だったら、このままつないでいましょうか。手をつないでいると、いろいろと、じんわりと、伝わるものがあるよね。そんな感じ。

伝えるのではなく、届ける。なぜ届けるのかと言えば、その人とつながるため。そんな風に書くようになった。つないだ手も、温度がないと離れてしまうから、書き続ける。手を放さないでね。そんな感じ。フォローってそういうことだよね。

 

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これを書くためのメモ:

小学生:好きな人のことを綴る。できごとを忘れたくない。
中学生:好きな人のことを綴る。できごとを忘れたくない。

高校生:友だちのことを綴る。書くことによる癒し。自分の世界に浸りたい。
大学生:好きな人のことを綴る。半同棲のときはひとりの時間がなくて書けない。

20代:できごとを忘れたくない。手紙でやたらと綴る。気持ちを吐き出したい。書くことによる癒し。小説を少し書く。
Lomokick HP:誰かに読んでほしい。感性を感じてほしい。少し伝わる。
ブログ lomokick:日々の記録。忘れたくない。心の整理。心の動き。
ハワイブログ:忘れたくない。自分のためと、ハワイ好きな人のため。
ブログ low kick 初期:できごと、感じたことを忘れたくない

ブログ low kick 後期:後で読み返す自分のため。考えを残しておくと面白い。
ブログ low kick 2nd:後で読み返すため。誰かに見てもらうため。

Twitter 140文字:自分の考えをまとめる。誰かに見つけてもらう。
noteとTwitter:誰かに刺さる。見つけてもらう。わかってくれる人がいる。私と共鳴する人がいる。見つけて声をかけてくれたら、その人も書いている人ならすぐにわかる。​

コラムのお仕事が来た♪

これまでIT系の記事をやっていたことや、Twitterやブログで発信をしていたことで、コラムのお仕事をいただいた! すごい。

 

「インターネットx偏愛」をテーマに書いてほしいということで、私は超ラブなTwitterについて書いた(音声と迷ったけどw)。

flets.hikakunet.jp

今となってはわざわざ話すことではないけれど、iPhoneが日本に上陸した当初から数世代は発売日に必ず手に入れていたほどで、初号機からトイレにiPhoneを持って行ってしまうほどラブだったわ(変態すぎると言われた)。

 

多くの時間はTwinkle(詳しくは上記記事を参照)で過ごし、私はそのいとおしいモバイルデバイスを楽しんだ。

 

そのころと今では、Twitterの意味合いが少しずつ変わってきている。いま私にとってTwitterは、友人たちやフォロワーさんたちと楽しむ場所であるとともに、自分と似たにおいの人に「見つけてもらう」大切な場所になっている。

 

この記事のディレクターの方も、私を見つけてくださった。同じメディア内の他の記事とはずいぶん毛色が違うけど、担当の方は「栃尾さんの文章が好きで」と言ってくださった。

 

こういう機会はとてもうれしい。

直接的に仕事にならなくても自分(の感性や雰囲気)を出していきたいと思っていた過去の私が報われた気がしている。