Low Kick - 2nd -

たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

『愛しのローズマリー』になぜぼろぼろと泣いてしまうのか

『愛しのローズマリー』という映画がすごく好きだ。

movies.yahoo.co.jp

映画館に見に行ったと思う。社会人になって数年目かな。

外見の美しい女性ばかりを追いかけてきたハルが、あるときから「心の美しい人が美人に見える」ようになる。そこで出会った絶世の美女は、ほかの人から見れば、とてもとても太っているローズマリー

私はこれを観て、信じられないくらいに、ぼろぼろと泣き続けた。

程度の差こそあれ、私はローズマリーだった。自分に自信がないのだ。

人目を気にする自分がとても痛くて、それを美しいと言ってくれるハルの言葉がとても嬉しくて。そういう感情がもう津波のように私を襲ったのだった。

 

自分を美しくないと思い込んでいる。太っているし、あの子たちよりかわいくないし、タイトな服だって似合わない。でも、その人は自分を「かわいい」「美しい」と言ってくれる。冗談はやめて。どこまで本当なの? 信じていいの? 

そうやって「この人は、もしかしたら本当にそう思っているのかもしれない」そう信じ始めた時の、自分が許されるというか、受け入れられる感覚。

求めて枯渇しているけど諦めて乾ききったところに、疑いなく圧倒的に流れ込んでくるハルの愛とまっすぐな気持ちが、私の体を澄んだ水でじゃぶじゃぶに満たすような気がして、本当に本当に、毎回泣いてしまうのだ。

 

私はこんなにもコンプレックスがあるんだなと、見るたびにわかってしまう。ローズマリーの気持ちになって、ハルの言葉を心にしみこませている自分を見つめて、こんなにもたくさんの穴や傷やへこみがあったんだと気づく。

 

そして、グヴィネス・パルトロウが本当にかわいい。

コンピューター会社にいた頃の話(1)

情報工学科を卒業して、コンピューター会社に就職して、SAPという会社のERPパッケージを担当する部署に配属された。自社とは別会社の製品を扱うのだ。

 

それは巨大なERPパッケージで、本当に本当に巨大で、機能が山ほどある。会計、管理会計、販売、在庫購買、倉庫、生産、BASIS(システム側)などなどのモジュールがあって、それぞれを担当するために30万円くらいの講座を受けるのだ。

 

私は最初BASISを担当する部署にいた。Unixのコマンドを叩いたりしてSAPをサーバーにインストールする。手順がたくさんあって、手順通りにやってもうまくいかない時もある。開発機、検証機、本番機の運用の仕方とか、変更管理の仕方とか、そういうものを担当する。データベースのことも知らなくてはならない。データベースにどんなデータが格納されているか知らないけど、ガワだけを学ぶのだ。ちょっと関係ないけど、Oracle Masterの資格も、実践はほぼないまま勉強だけしてプラチナまで取らせてもらえた。(私をやる気のないバカだと思っている先輩に苦笑いされながら「意外とできるんだね」と言われたのを覚えている)

 

BASIS担当としてある客先に常駐した時に、コンサルティング会社の方々が業務アプリを担当しているのを見ることができた。お客さんと要件定義をして、販売や在庫、生産などのやり方を決めていく。コンサルティング会社の人たちと仲良くなって、とても面白そうだと思っていた。

 

自社にもアプリの部署が新しくできると聞いて、なぜか手を挙げた。先輩とかで悩んでいる人もいた。もうBASISの担当者としてベテランなのに、何も知らない業務アプリを始めるのは勇気がいるようだった。私は実は何もわかっていないけれど、今よりは面白そうだなというくらいの感覚だった気がする。手を挙げた数人の中では、一番何も考えていなかったと思う(笑)。

 

希望のモジュールなんてなかったから、他の人が希望しない在庫購買管理を担当することになった。その言葉を聞いてもイメージできないほど、業務なんてわかっていなかった。業務がわからなくても、パッケージがあるから、「SAPでこうなっているってことは、業務はこう動いているんだろうな」という順番で業務を知っていった。

 

いくつか、他の会社がメインで担当しているプロジェクトに、派遣されるような形で入った。2~3社だったかな。最後のプロジェクトはプロマネが自社の中途の人だったけど、それ以外はほとんど違う会社の人だった。

 

しばらくすると自社メインで受注できたけど、そこに在庫購買管理はなかったから、BASIS担当として入った。その後に、クライアントの関連会社で生産管理を中心とした販売、在庫購買、もろもろを合わせたプロジェクトが動くことになり、私が入れることになった。

 

在庫購買管理は私ひとりで、1年目か2年目の後輩がひとりついた(その10年後くらいかな、その子は別の部署に移動してシンガポールへ行って帰ってきてすごく出世するのだけど)。ひとつ前のプロマネに「経験のない人(私)をこんな風にプロジェクトに入れるのはどうかと思う」みたいに言われたことを覚えている。それは的中したのかもしれない。

 

私は田舎のはずれに常駐することになる。近くにコンビニもない。電車も1時間に1~2本とか。プロジェクトメンバー6名ほどで、ひとりは外国人。だだっ広い倉庫みたいな場所に、オフィス用のデスクがぽつんと島になっておいてある。そこで毎日、朝から晩までシステムをいじるのだ。

 

月曜日に行って、金曜日に東京に戻り、土日を暗い気持ちで過ごし、また月曜日に現場に行く。心理状態が最悪でないことにほっと胸をなでおろす。でも数時間後にどうなっているかはわからない。同じプロジェクトの女の子はどんどん痩せていき、別モジュール担当の後輩女子は過呼吸になりプロジェクトから外れて会社を辞め、後輩の男の子も過呼吸になり、男性の先輩はときどき起きられずに音信不通になる。

 

私は過食ぎみになり、7カ月で7キロ太った。20代の多感な時期で、2年前にダイエットに成功して体を鍛えつつ維持していたから、「痩せていることが正義」みたいな価値観の時に食欲が止まらないという恐ろしさと苦しさが並行していた。東京でたまに人に会うと、何も知らない人から「いいもの食べてるんでしょ」と言われて心が泣いた。

 

プロジェクトで議論が起こると(仕事だから当たり前だ)、耐えられずトイレで泣いて、しばらくしてばれないように戻ってくる、ということが何度かあった。

 

あれ、転職のことを書こうと思ったのだけど、人生で一番苦しかった時期のことを書いていたら深みにはまってしまった(笑)。いつもそうなんだ。続きはまた今度。

平気なふりをしない

大切にしたいひととのやり取りで、自分が傷ついたと感じたときにどうするか。

 

・平気なふりをせず、自分の感情(寂しい、悲しい)をちゃんと伝える

・不機嫌(いじけたり、悲しんだり)で相手をコントロールしない

 

これを両立するのがすごく難しい。

感情を伝えたとしても、相手が求めている行動をとってくれないこともある。

それにより、またネガティブな感情(寂しい、悲しい)が生まれる。

それをさらに伝えたら、いじけているようになってしまう。相手は、「どうすればいいのか」という答えを求めてしまうだろう。

 

そこで私はもうひとつ

 

・そこからは伝えることを諦める

 

という選択肢を作ってしまう。

 

感情は、言葉としては伝えた。

だけど、心は満たされていない。だけど、伝えないよりはましだから。

いったん、心が満たされることは諦めて、

でも次のときにも、次の次のときにも伝えづけるしかないのだろうか。

 

私何を不安がっているのだろうか。