Low Kick - 2nd -

たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

予定通りの使われ方

自分の子どもを見ていると「このおもちゃはこうやって使ってね」という大人(メーカー)の意図に反して、まったく別の方法で遊んでいる。

例えば、車がくるくると滑り台のように降りてくるおもちゃでは、くるくる遊んでいたのは最初だけ。今はレールの上に車を並べ、街に見立てて車同士でおしゃべりしたり。
あるいはそこから上の方に飛び立ったり。
他にも、スターター付きのレースコースでは、スターターは最初何度も使ったけれど、その後はそっちのけ。好きなように車を走らせている。しまいには、レールの一部を外して「シャキーン」と武器にする(棒状のおもちゃはどんなものでも一度は武器に見立てられる)。
そうやって好きなように遊ぶ想像力を目にすると、何とも言えない。頼もしいような、うらやましいような。

一通りにしか遊べないおもちゃはしょうもないな、と思う。テレビCMを見ている限り、アンパンマンのおもちゃにはそういうのが多い。パソコンのようにボタンを押すとアンパンマンが話したりするけれど、それ以外にどうやって使えるというのか。

かたや、ブロックや積み木は素晴らしい。何にでも姿を変えて、どのようにも遊べる。
こういうのはやっぱり、アナログにしかないものだろう。

私たち大人が使っているスマホはどうか。アプリには決められた機能があって、それ以外には使えない。むしろ「使わされている」という感じ。
便利なんだけれど、やはりどうしても、自分に本来あるべき何かを失っているような気がしてならない。