Low Kick - 2nd -

栃尾江美のブログ。たぶん全部ひとりごと。 テキトーだけどマジメです。

「正しい」の怖さ、新しい世界の妄想、今の私の感覚

私はいつも社会問題に触れない。

社会に対して怒りもしない。

気持ちは少しあるけれど、声を上げるからにはキチンと調べなくてはいけないと思うし、批判される覚悟もないし、私の役目ではない気がする。

 

ただ、今この時の気持ちは、今しか書けないかもしれない。

 

誰かをつるし上げること

人の行動はいつも精錬潔癖というわけではない。

この場合、「毎日家で過ごし、家族以外の誰とも会わずに少々の散歩をし、3日に1回買い物をする」が「正しい行動」なのだろう。

「正しい」が強要される世界は恐ろしい。

 

それ以外のことをしても、自己責任ならいいのだろう。ところが、ひとりで山登りをして事故にあえば、救助に来てもらわなければならない。そこでは人と接触してしまう。それすら責められるのであれば、やはり精錬潔癖な行動をしなければ、叩かれるということだ。

 

地方に住む人と話をした。

コロナにかかった人は住所も名前も特定され、すぐに噂は広まり、自宅に生卵を投げつけられたりもするそうだ。「東京近郊から来た」というだけで、クレームが入ったりもするらしい。

 

人というのは、こういうものなんだろう。

戦時中のことを描いた漫画や映画でよく見る。

敵を殺すこと(人殺し)、国のために命を捨てること(自殺)、それが正しいことだった。

周囲と違う意見を言う人(戦後に聞いたらまっとうな意見の人)を咎めることが正しさだった。

それは、当時の人たちが現代人より愚かだったわけではない。

それが人間なのだ。

 

新しい世界も妄想する

とはいえ、今の状況下で、極端に制限された新しい世界を想像したりもする。それはそれで楽しい。

家族以外とは会えなくなったら、オンラインで恋をして、オンラインで付き合って、家族になるときに初めて対面し、肌を合わせる。本当に好きな人にしか会えない世界。家族の意味が希薄になっていた現代に、もう一度家族というものが定義されていくのかも。

近いことに意味がなくなるから、地方に人々が分散して、みんなが広い家に住める。そうしたら自宅にオンライン部屋があるのが当たり前になったり、スタジオが作れたりして、撮影環境がリッチになる。

「家族みんながクリエイター」という人は、集まって制作ができるから恐ろしく有利になる。

好きじゃない人とは一緒にいられないから、今よりももっと家族を大切にする。もしかしたら、複数の家族を持つことでバランスを保つことも推奨されるかもしれない。

 

私の感覚はそんなに変わらない

私自身は、

・人に会いに行けない → 産後より経験済み

・子どもがずっと家にいる → 不登校&登園拒否で経験済み

・夫がずっと家にいるのがつらい → 離婚済み()

ということで、だいたい経験済みだったり、解決済みだったりする。

ただ、爆増している夜のオンラインイベントなどには、食事&風呂&寝かしつけのため相変わらず参加できないから、取り残されている感覚は相変わらずあるけれども。

 

書く時間は増えた。移動時間が減った。それにより、仕事ができる時間が増えたのに、時間に余裕がないのは、仕事が増えているのだろう。ありがたいことだ。

 

とはいえ、人に会って話したら「会うっていいねええええええ!」ってなるんだろうね。

ただ、「恋っていいねええええ」を忘れてしまう人がいるように、人と会う喜びを忘れてしまうことも普通になるのかもしれない。